東京工業大学 端艇部員日記

東京工業大学端艇部の漕手、コックス、マネージャー、トレーナー達による日常紹介

東京工業大学端艇部での日々を皆様にお届けします

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こんにちは。四年の森です。

まずは近況報告ですが、先月始まった貧血が治りません。私は中学高校と皆勤賞だったくらいには体調を崩さないタイプなはずでした。しかし、先月突然貧血になりました。ある朝起きると吐き気がし、不思議に思いながらも、実験をしなければいけなかったので電車に乗りました。電車では大学までの一時間ずっと立ちっぱなしでしたが、立っていると、段々頭がぼーっとして、息が切れ、手足が痺れてきました。吐き気もどんどん強くなり、明らかにただごとでないことは分かりました。ギリギリ倒れず学校まで辿り着けそうだったのでなんとか根性で乗り切りましたが、いつもなら改札を出てすぐ大学に向かうはずが、そのまま向かう元気はなく、暫く駅の椅子から動けませんでした。今まで貧血になったことのない私ですが、これはきっと貧血に違いないと思いました。その後も、座っている間は普段通り元気でいられたので、これは貧血だと確信しました。私には、突然貧血になった理由について、一つだけ思い当たることがありました。私はその四か月前から本格的に艇庫生活及び自炊を始めたのですが、自炊の間、出費を減らすため、毎食、肉をごく少量しか食べていなかったのです。一人前一食の肉の量の目安は100g〜200gとされていますが、自炊期間の私は、一日に70g〜140g程度しか肉を食べていませんでした。体内にはヘモグロビンとして使われている鉄分の他に、貯蔵鉄と呼ばれる蓄えの鉄分があるそうですが、きっと肉不足の生活をしている四か月の間に貯蔵鉄も減り、とうとう先月、症状として現れたのだと思います。そこからは、鉄の多い食事を心がけ、今まで一日二食しか食べていなかったところを三食食べるようにし、鉄分のサプリも毎日飲むようにしています。だんだん改善はしてきたものの、今でも朝はよく吐き気がするし、少し動くと息切れがします。ご飯の時間が少しでも遅くなると、すぐに気持ち悪くなったりクラクラしたりします。部員に対し、栄養を取れと言う係なはずなのに、偏った食事のせいで肉をとらないとどんなに大変なことになるか、身をもって知ることとなってしまいました。現役時代貧血気味だったという漕手の話をいくつか聞いたことがあり、また、一般的にもアスリートは貧血になりやすいと言われるので、選手のみんなには、高いけれど、肉はケチらずちゃんと食べて欲しいです。貧血が一回酷くなると本当に大変です。

次に夏休みにやりたいことについてです。まずは引退まで残り期間、マネージャーとしての基本の仕事である、飯炊き、ビデオを一回一回大切にやっていきたいです。また、後輩に飯炊きのやり方などをできる限り丁寧に教えられたらと思っています。部員ともたくさん話して、ボート部の空気をたくさん感じてから引退したいです。ボート部を引退してからは、今まで部活と勉強とであまり友達と遊べなかった分、思い切り友達と遊ぶ期間にしようと思っています。旅行の予定が二つあり、また、外語、海洋、東工大の同期女マネで遊びに行く予定もあるので今からとても楽しみです。ボート部のおかげで出会えたこの四人で、引退した後も、そうやって集まれたらいいなと思います。

ボート部生活、あと残り一か月弱ですが、よろしくお願いします。

こんにちは。四年マネージャーの森です。
どういう層がこのブログを読んでいるのかを未だ掴み兼ねているので、何を書こうか迷いましたが、今の自分の中の大きいテーマである、9月以降の自分の部との関わり方について現段階で考えていることを書こうと思います。
 
私は、天下の建築系ほどではないものの、東工大の中でも特に忙しいと言われる、応化系の高分子フォーカスに所属しています。その高分子フォーカスの中で唯一ホワイトと言われている研究室に無事所属することができ、当初の計画としては、修士1年の9月まで、今までと同じように部活を続けるつもりでした。しかし、いざ研究室が始まってみると、研究をきちんとやろうと思うのであれば、どこの研究室でも結局は十分忙しいということが段々と分かってきました。今はまだ自分の研究が本格的には始まっていませんが、それでも既に、今までと同じようにシフトに入ることは難しくなってしまいました。9月以降、自分の研究が本格的に始まると、平日だけでなく土日も実験をしなければならない可能性が高く、今のように艇庫に常駐して、毎週ビデオを撮り、月に何度も飯炊きに入り、全ての大会を観戦する、という生活は間違いなくできなくなります。そのため、今は、他の同期と同じように9月で引退しようと考えています。
 
しかし、ここ最近までマネージャーが不足していたこともあり、かつては2〜3人でやっていたメール係は現在私1人に任されており、後輩への引き継ぎが全くできていません。それどころか、メール係になるであろう後輩すら決まっていない状況です。私は、メール係というのは艇庫に頻繁に来ることのできないOB・OGの方々に、今のボート部がどれだけ、どのようにして頑張っているのかを知ってもらい、応援していただくための非常に重要な存在だと考えています。この係としての役目を全うするためには、ボート部がどれだけの人々に支えられているのかを理解し、また、今のボート部の魅力を伝えられるよう、自分自身も常にボート部のことをよく知っておく必要があります。私自身、メール係になったばかりの頃は、ボート部自体のことも、OB・OGの方々にどれだけ支えられているのかも、メール係の重要性も、何一つ理解していませんでした。しかし、常駐するようになってから、ボート部がどれだけ多くの方々に支えられているのかということに気づき、いつも支えてくださっているOB・OGの皆さんに、その応援がどれだけ今のボート部の力になっているかをきちんと伝えたいという思いを持つようになりました。そのような心境の下でメールを書くようになってからは、月報メールなどに返信する形で、OB・OGさんからこれまで以上にたくさんの激励メッセージをいただけるようになり、私の思いが実を結んだような気持ちです。

このようなメール係の仕事柄上、入ってきたばかりの新入生に突然1人で担当させるには荷が重すぎると考えており、できれば、ある程度時間をかけ、この係がどれだけ重要かや、ボート部の雰囲気を伝えられるメールにするにはどうすればいいのかなどを丁寧に教えていきたいです。9月で引退という形にはなりますが、メール係の仕事は後輩とともに、9月以降も担っていきたいと思っています。また、飯炊きにかんしても、経験豊富なマネージャーがあまり多くないのが現状です。その一方で、医科歯科大学との合併も近づいており、医科歯科大のマネージャー含め、飯炊き経験のあまりないマネージャーに飯炊きを教えることのできる人材は今まで以上に必要となってきます。この先自分がどのくらい忙しくなるのかがわからないので、はっきりとしたことは言えませんが、研究に余裕のある時期には引き継ぎという意味で、飯炊きにも少しは入れればと思います。9月以降をどうするのかも考えつつ、引退までを過ごしていきたいです。

はじめまして。通いマネとして入部したはずなのに気づけば常駐になっていた、艇庫大好き新4年マネージャーの、もりはること森春香です。私が常駐になった経緯については②あたりでお話しようと思います。

 

これまでのブログを読んでいる方はご存じの通り、今回は、

①なぜボート部に入ったか

②なぜ今もボート部で活動しているか

③ボート部で成し遂げたいことは

という3つのテーマが与えられているので、このテーマに則って書いていきます。

 

    なぜボート部に入ったか

他の3人同様、私はコロナ禍の幕開けと同時に大学に入学しました。私には大学に入る前から入部しようと決めていた、とある文化系サークルがありました。そのサークルにだけほとんど新歓もないまま早々に入部し、本来なら新歓真っただ中なはずだった、その後の45月は家で一人、パソコンの画面に向かいながら過ごしました。そのような中でもオンライン新歓は行われており、サークルに入った後もいくつか参加してみたものの、やはり他の新入生と仲良くなることは難しく、唯一入部したサークルでも対面の活動は行われてなかったため、結局夏休みまで仲が良いと言える友達はできないままでした。元々、一日の充実度がその日に話した人の数に比例するという性質をもっていた私にとって、そのような状況は本当に苦しかったです。夏休みも半分過ぎた9月頃、感染状況が少し落ち着き、対面の新歓が許されるようになりました。4月のオンライン新歓でLINEを交換していたボート部の先輩に誘われ、私は試乗会に参加することになりました。当時の私は、ボート部はおろかマネージャーへの興味も皆無、試乗会への参加動機はとにかく友達を増やしたい、その一心でした。初めて参加した試乗会は先輩の盛り上げが上手で、本当に楽しかったです。しかし、試乗会を経てもなお私の心が変わることはなく、マネージャーは興味もないし向いてもない、という強固な思いを持ったまま、入部を悩むことすらありませんでした。私の新歓を担当していた先輩も、「この子は入らないと思う」と当時他の部員に言っていたようです。

しかし、12月。ボート部に入る未来はないかのように思われた私に、転機が訪れます。コロナによる活動自粛が緩和され、私が唯一入った文化系サークルも対面の活動を開始しました。ですがいざ参加してみると、部活柄静かな人が多く、どうも自分とはノリが合わないことが判明したのです。このままでは大学生活がつまらないまま終わってしまう。私は焦りを感じ始めました。対面授業もない当時、新たな友達を作る方法は新しいサークルに入ることくらいでした。ちょうどその頃、ボート部がクイズ大会を開催することを偶然知ります。ボート部と聞いて最初に浮かんだのは夏休みに参加した試乗会の楽しい記憶でした。ここかもしれない、そんな思いで参加したイベントは期待通りの楽しさで、その次に参加したイベントで私は早くも入部を決めました。

部活選びにおいて活動内容が重要でないとは言いません。しかし自身の経験から私は、最も大事なのは結局、雰囲気なのではないかと思っています。

 

    なぜ今もボート部で活動しているか

理由はいくつかありますが、一つは「艇庫に居たいから」です。活動のために艇庫にいるというより、正直、艇庫にいるためにマネージャーをやっているところはあります。①でも書きましたが、私は一日の充実度がその日に話した人の数に比例するという性質をもっています。というか、例えどんなに仲が良くとも、毎日限られた数人とだけ行動する生活をすれば軽いノイローゼになることが実証されているくらいには重症です。そんな私にとって、常に20人近くの人で賑わう艇庫はぴったりの環境でした。今でこそ、こんなに長期間を艇庫で過ごしていますが、はじめは他の通いマネージャー同様、週12回、飯炊きのある時だけ艇庫に来ていました。その頃から艇庫の賑やかさがとても好きで、あるとき1日泊まる予定だったところがたまたま2日になり、それがその次は3日になり、次は1週間と、気づけばほとんど毎日を艇庫で過ごすようになっていました。艇庫はとにかくたくさんの人がいて、いつも賑やかです。コロナ禍の大学生活において、本当に貴重な環境だと思っています。

そんなに個人的な理由でマネージャーをやっていて良いのかと思う方もいるかもしれませんが、これで良いと思っています。誤解を招かないよう言っておきますが、マネージャーの仕事にやりがいを見出していないわけでは全くありません。大好きな部員たちが、これと決めたことに打ち込んだり、目標を達成したりしていきいきしている姿を見るのは嬉しく、応援したい気持ちになるし、サイト作りなど、マネージャーとして今までやったことのない仕事を自分なりに模索しながら進めていくのはわくわくします。基本的にはマネージャーの仕事を楽しいと思っていますし、やりがいも感じています。ですが、園木も書いていたように、マネージャーという立場である以上、モチベーションを保ちづらいのもまた事実です。心から仕事を楽しいと思えている間はいいですが、ふと仕事をしんどいと感じた時、そこでモチベーションを保てるかどうかは、選手たちに対して「この人たちをサポートしたい」という気持ちをどのくらい持てるかというところに大部分がかかっていると思います。選手のやる気が感じられなかったり、選手と仲が悪くなってしまったりしたとき、どうしても、なぜこの人たちのためにこんなにも身を削らなければいけないんだろうという気持ちになってしまうことは避けられないと思います。人をベースにしている以上、些細なことでモチベーションが一気に落ちてしまう危険性をいつもはらんでいるのです。だからこそ、なぜ自分はマネージャーをやるのか、ということにおいてある程度自分勝手な理由も併せ持つことが、マネージャーを続けていく上では重要だと思います。それこそが、私がこの3年間、マネージャーを続ける中で辿り着いた結論です。

 

    ボート部で成し遂げたいことは

私が引退までに達成したかった一番大きな目標は、男マネ女マネの間の区切りをなくすことだったのですが、それがほとんど達成された今、引退までに達成したい大きな目標はなくなりました。大きな目標こそないものの、後輩の教育、公式サイトのリニューアル、サイトの更新手順のマニュアル化、OBさんとのより良い連絡手段の模索など、やるべき仕事、やれる仕事はたくさんあると思っています。なので、引退までの残り期間、目の前にある仕事一つ一つを一生懸命やっていこうと思っています。今年の新歓もTwitter係のリーダーという非常に重要な役目を任されました。そのため、当分はTwitterでの集客、また来年以降Twitter係のトップとして他のメンバーを引っ張っていくことになるであろう小岩への引継ぎに尽力するつもりです。

 

 

ここまでお付き合いくださった方、本当にありがとうございます。長く書きすぎてしまいました。

 

次回は、これ以上はアウトというラインをギリ一歩超えていく、ボート部の奇才、吉野くんです。
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