お久しぶりです。東京科学大学理工学系漕艇部OBの安間光一です。僕の最後のレースから2ヶ月が経ちました。引退ブログを頼まれていたのですが、書いている途中に引退してからのことを書きすぎてしまったため別の記事にしました。ですので、漕手・安間光一の引退ブログとは別物になります。ご了承ください。
僕は引退してからというもの、新人戦の対校フォアのコーチ業とマネージャーがいない時のマネージャー業をしていました。結局あれだけの言葉を並べて名残惜しんでいた艇庫生活は、僕のもとから離れては行きませんでした。練習は無くなり、僕に課せられた勝利という義務も、みんなからの期待も背負う必要がなくなりました。同期のみんなも、対校対抗フォアに乗っていた小岩以外はたまにしか会えなくなってしまいました。
それでも、忙しない日々の中で、その思いは少しずつ薄れていきました。後輩たちの勝利という目標を見つけられたから、寂しさを忘れることができたのでしょう。
OBとして艇庫で過ごした日々は新鮮なものでした。一番大きな変化は、自分の犠牲を厭わなくなったことでしょうか。現役の不利益と自分の不利益なら、自分の不利益の方が小さいと感じます。自分が現役だった頃は、自分も強くなる義務があったため、他人のために全力を注ぐことはできていませんでした。睡眠を削って働けば人の為になると分かっていても、自分の身を案じて寝なければならなかったし、ストレッチも食事もちゃんとしていなければならなかったからです。ですが今は、体が満足に動くレベルでなくてもいいのです。考慮することが減り、現役のサポートに全力を注ぐことができるようになりました。
マネージャー業をかじって初めて分かったことですが、飯炊きもビデオも地味なのに、大変なものですね。ビデオは他の艇の観察をしたりできたので、コーチ業もやっている人間からすれば面白いものではありましたが、いつもビデオを撮ってくれるマネージャー達にとっては苦行でしょう。飯炊きも、授業が始まって以降は必ず1限の人たちが食べられるように作らなければいけないので、朝早く起きなければなりません。朝早く起きて、単調な飯炊きというのは面倒な業務です。
マネージャー達は決してこんな不満を漕手に垂れることはありませんが、それ故に漕手しかやってこなかった僕はその大変さを知りませんでした。いや、知っていたつもりでしたが、この身で学ぶことでようやく理解できたのだと思います。現役の時、これを知っていれば、彼らにもっと心からの感謝を持ち、もっと優しくなれただろうと後悔しています。
また、10月は4年生の仕事をシフト制にして僕がシフトを組んでみたのですが、まあ上手くいかないし面倒くさいことこの上なかったです。ミスも多かったし。人手不足やミスをカバーし続けてくれたあいりには深く感謝しています。
コーチについては、とても楽しいものでした。Albusのクルーは、水越と塩尻が僕と共に半年間ずっとエイトに乗ってきていて、雲田はAlbusにずっと乗ってきていました。だから、組む時にはあまり心配していませんでした。しかし、蓋を開けてみれば、インカレエイトとフォアでの考え方が違った影響や、黒木とかとみずが乗艇に慣れていなかった影響で思ったよりガタガタでした。どう直そうかと非常に頭を悩ませたものです。しかし、初めからクルー全員が強くなることに大きな意欲を持っていたため、上達が非常に早かったです。特に黒木やかとみずには難しい要求を多くしてしまったけれど、必ずそれらに応えてくれました。
傲慢な言い方ですが、僕の発言1つでクルーが変わるのが手に取るようにわかりました。だからこそ、僕は絶対に適当なことは言えないという責任を感じ、最善の手を常に考え続けていました。そのプロセスが楽しくて仕方なかったです。
大会の頃には、クルーを組んで2ヶ月も経っていないのに、みんな別物になっていました。初めから見えていた癖や改善点は見事に無くなりました。大量の改善点からどれを言うか悩んでいたのに、気づけば改善点が見つからずに悩んでいました。
全日新のレースは本当に素晴らしいものでした。僕にとっては雲の上だった日大に、絶対に勝つという心構えに、まず心を打たれました。準決勝前日に1時間近いミーティングをして、無茶とも言えるレースプランを組んでいたとき、ここまで強くなったのかと感動していました。レース本番では、序盤から果敢に攻め続け、日大相手にリードを取り続けていました。序盤から攻めるレースプランなんて、背水の陣なら誰でも取る手であり、僕も何度も経験があります。しかし、実際にリードをとれたことなんてありません。伴チャができなくて中継を見ていましたが、あの胸の高鳴りは感じたことがないくらいでした。彼らの努力の賜物ですね。阪大にも途中でリードを許しましたが、練習していた残り100mのMAXが刺さり、とんでもない伸びを見せて差し返していたのには驚きました。
準決勝から帰ってきた時、涙を流す塩尻を見て、僕も思わず泣いてしまいました。人前で泣くのは嫌いなので、感情に流されないようかける言葉を準備しながら岸に戻ったのに、何も言えなくなってしまいました。それだけ強い思いが、彼らに、そして僕にもあったのでしょう。
B決勝で悔し涙を流せる彼らなら、僕たちより確実に強くなってくれると確信しました。僕たちの掲げたA決勝の夢は、彼らに託すとしましょう。彼らにしか託せないからではなく、彼らならできるという確信を持って。
追記 小岩へ
この2ヶ月間、本当にお疲れ様。対校対抗フォアのバウとして、何のため漕ぐのか見失いそうになりながらも全力で漕ぎ続けた小岩を、僕は尊敬しています。最後の2000TTは、その背中にこれまでの歩みが見えたような気がして、応援していて涙が出てきました。
今は研究室が忙しくなって、今後についてずっと悩んでいることかと思います。漕手として復帰するか、コーチとなるか、あるいは別の選択肢もあるかも知れません。ただ、漕ぐにしろ、そうでないにしろ、その選択はどうか自分の意思で行ってください。周囲のために自分の選択を曲げないでください。今まで主将として、自分の意思を捻じ曲げて僕たちのために行動し続けてくれたのだから、主将の重荷が降りた今くらい、自分を大切にしてください。どんな道を選ぼうとも、僕はその選択を支持し、応援します。















