こんにちは。令和8年卒になるはずだった元漕手の石羽です。有名な方の石破は首相引退しちゃいましたね。これで私のイメージにもこれ以上傷がつかずに済みそうです。お世話した記憶はないかもしれませんが、入部してから引退するまでの約3年半、多くの人にお世話になりました。長いようで短かったこの3年半を振り返ると多くの分岐点があったように思います。その度に様々な人に支えられながらこうして引退することができました。最近は何もなかった自宅の寝室を生活ができるように変えています。それに伴って長年手を付けていなかった家の中の様々な部分を直している最中です。ベッドを導入してからは快眠過ぎて驚いています。
さて、引退ブログということでこの3年半を振り返っていこうと思ったのですが、3年半を書き連ねたところで読むのにも3年半かかりそうなので、これを読んでいる現役が読みながら引退してしまわないように短くしておきます。
こうして引退した今、自分自身のボート部としての活動を評価するのであれば60点といったところでしょう。私がボート部として為したかった最大の目標は「引退」であり、この目標はなんとか達成されたといえます。しかし、その「引退」は無計画な私が入部した頃に思い描いていたような美しいものではありませんでした。この3年半、思うように事が運ばなかったのはもちろんのこと、自分自身が自分の思うように動けなかったと感じています。入部時の自分の選択を裏切らないため、自分の思い描いていた自分になるため、努力をしていたつもりでしたが甘すぎました。あのときあと1回でも多く全力を出し切れていれば、あのとき気づいていたことをみんなに共有していれば、少しでも長い時間ボートについて考えていれば、そんな後悔は数え切れません。しかし、なにより後悔しているのは仲間を疑ってしまったこと、そして自分自身を疑ってしまったことです。4年生になってから、序盤の大会や練習では以前は決して感じられなかった確かな手応えを感じており、順調とも思えた出だしでした。しかしそのような順調さは簡単には続かないもので、6月ごろから私は艇の挙動に違和感を覚え始めます。はじめはすぐに治るだろうと考えて軽く共有する程度でしたが、消えない違和感に私は焦りを感じました。それは1年前に覚えた違和感と全く同じものであり、インカレまで治ることなく続いたものでした。そして1年前と同じく私だけが感じていた挙動でした。このときの私は考えすぎていたのだと思います。深刻にとらえているのは自分だけだと気づいたとき、私は仲間を疑ってしまいました。研究室活動の忙しさが増していた上、大学院入試の対策にもほとんど手を付けていなかった私にとって、練習外の時間を有意義に使っていたり順調に事を進めていたりしていた選手が羨ましかったのかもしれません。自分が考えていたボート観はまわりと違っていたのかな、そう感じた時、私の中の最後のボート生活は意味を失いました。部活をしていた分研究ではすでに後れを取っているし、今からでは大学院入試の対策は間に合わない、ボートの意味を失ってしまった私はこれらのなにも得られない現実に絶望しました。そして、このまま何も成しえない自分の価値を疑ってしまいます。そんな私が引退にたどり着くことができた理由は、一度は疑ってしまった仲間の存在だったと思います。ほとんどなにも成しえなかった私が唯一得られたものこそ仲間と過ごした時間だったと気づいたのです。ネガティブな精神状態と過眠や食欲不振などの生活習慣の乱れから脱却するのには時間がかかりましたが、可能な限り与えられた使命を全うできるよう努力しました。こんなに大事な時期に本当に迷惑をかけたと思っています。現役部員やこれからボート部になる人たちには、私のようにはなってほしくないと思っています。自分にできることはすべてやり切った、そんな思いで引退を迎えてほしいと思います。そして、うれしい時もつらい時も仲間のことを思い出してください。この3年半はあなただけのものではありません。長い人生の中でこの3年半だけは仲間と作り上げた忘れられない時間になると思います。
最後に、せっかくなので同期に一言ずつ書きたいと思います。
まずは主将の小岩。小岩には本当に迷惑をかけたと思います。主将としての仕事はもちろん、コアタイムから恋タイムまで忙しかった小岩は、僕だけでなく他の部員からもたくさんの相談を受けていたことでしょう。夜遅くまでテレビの前でビデオを見て漕ぎについて話し合ったことがなんどもありましたね。僕が精神的に参っていたときもうまく対応してくれて本当に感謝しています。
濱田はとにかく練習に前向きで、どんな練習でも文句ひとつ言わずにこなし、思いもよらないときに突然ベストタイムを更新するなど本当にすごいなと思っていました。エルゴタイムではどのメニューでも大きく差がついていましたが、こっそり目標にしていました。そんな練習姿勢とは打って変わって、練習外では起きているときに限らず寝ているときにすら面白い。長話の聞けない濱田はこの文までたどり着けていないかな?
安間は多方面での努力がすごくて、練習だけでなく食事や体のケアまでよく考えていて尊敬の眼差しで見ていました。でもお尻のケアだけは尊敬できません。引退した後にも後輩のために毎日のように練習を見ていて、僕の中では理想的なボート生活を送っているなと思っています。にゃんこ大戦争のリーダーシップを使い切る約束、浪人の1年じゃ果たせそうにないよ。
大石は、本人は気づいていないかもしれないけれど、僕が最後までやり切るきっかけになった人です。精神的に参っていた僕に何事もなかったように接してくれて、大切なものに気づかせてくれました。思えば、1年生の頃怪我をしていた時に当時の主将と険悪になってしまって僕が不満をこぼしていたけど、そのとき目の前にいたのも大石だったね。
西には度々強くものを言ってしまったときがあったと思います。同じ学系なのに授業もほとんど別で受けていたし、帰り道に一緒になったときもすぐにおいて行かれていた気がします。言葉が適切かは分からないけど、自分というものを持っていて信じるものに向かって突き進んでいたようにも見えます。引退してからはマダミス作家に転身してしまいましたね。
川島が選手になってからは、その貪欲な姿勢が僕の精神的な支柱になっていました。僕が精神的に参っていた時に、真っ先に声をかけてくれたのにそれを押し返すような態度をとってしまったのは申し訳ないと思っています。22Bはイベントを企画するのが苦手でほとんど一緒に出掛けることがなくて引退旅行の話もどこかにいってしまうかと思ったけど提案してくれたね。楽しみにしてます。
小室は学連にいることが多いし少しツンデレなところがあるけれど、誰よりも同期のことを大切にしてくれていると思います。マネージャーに転身するという話を聞いたときは素直に受け入れられなかったけれど、今では小室がマネージャーとして残ってくれて本当に良かったと思っています。
伊澤はみんなに言われすぎて聞き飽きてしまったかもしれないけど、しごできといえば伊澤というくらいにはなんでもできてすごいと思っています。パンフレットを作ってくれた時にも思いましたが、ボート部というものにこだわりをもっているのだなと感じました。田植え合宿は叶わなかったので引退旅行先で一緒に田植えしたいと思います。
水谷は僕のローイング観をつくりあげた人です。1年生の頃から彼とともに練習することが多く、漕ぎについてもよく話し合っていました。君が辞めてしまったときには戻ってきても前のようにはうまくやれないと思い突き放してしまったけど、あの頃よりは楽しくやれているかな?
大城はいつも目がキマっていて独特の掛け声で練習していましたね。君がいなくなってから長い時間が経ったね。ときどき、君が残り続けていた場合のボート部を想像することがあります。目撃情報があったみたいだけどちゃんと生存しているかな。
これからはOBとして関わっていくことになりますが、現役のみんなには期待しているし応援しています。人手が足りないときはすぐに駆け付けるのでよろしくお願いします。必要なのはOB会費かもしれませんがそちらは社会人になるまで待ってください。このあたりで締めようと思います。3年半の間支えてくださった皆様、ありがとうございました。













